with eyes closed: ドイツ気象庁 (DWD)による粒子分布シミュレーションの日本語訳
文部科学省と首相官邸に対してSPEEDIの予測結果の即時発表を要請しませんか?放射性粒子拡散予測と共に医師や専門家による被爆対策も分かりやすい形で毎日発表される事が求められています。加えて私達は事故当事国として近隣国への情報開示責任を自問するべきではないでしょうか?詳しくはこちらから。
追記(6/1):ドイツ気象局のサイト上に、5/31日をもって予報文の更新は終了しました、というお知らせがありました。それに伴いその和訳の更新も終了し、今後は画像のみの更新となります。
放射線関連リンク集
やばいな。。どう撮ってもかわいい。。
東日本大震災で日本の子どもたちに寄せたディック・ブルーナさんのイラストとメッセージ(C)copyright Mercis bv.
記事「震災、ミッフィーの目には… ブルーナさんがメッセージ」より
(yaruoから)
ターニング・トルソ(Turning Torso)は、スウェーデン スコーネ県 マルメにある、スカンディナヴィアで一番高い建物。54階建て、高さ193メートル。2005年8月27日に正式オープンした。建築家サンティアゴ・カラトラヴァによるデザイン。 五つの階でひとつのブロックを構成し、上に登るにつれてそれが徐々にねじれていく、という面白いデザイン。最上階では一階に対して90度のねじれを持つ。下の二つのブロック、すなわち一階から十階まではオフィスとして貸し出されており、それより上の階は149世帯分の住宅になっている。高級アパートである。
(yaruoから)
「君よ、散財にためらうなかれ」という
◇大正の大震災の「教訓」を生かすべき時
「君よ、散財にためらうなかれ。君の10銭で浅草が建つ」
1923(大正12)年の関東大震災の直後、浅草ではそう書かれた立て看板が随所で見られたという。
この話を教えてくれたのは、『浅草っ子 おんま三代』(三恵書房)の著書がある松浦謙助さんで、松浦さんは母親から、「お前が生まれた頃、浅草には至る所にそういう看板が立っていて……」と、再三聞かされたそうだ。
当時の10銭というのは、豆腐2丁の値段くらい。松浦さんの家は親の代から浅草でトンカツ屋を営んでいて、トンカツ定食は当時20銭したというから、10銭というのは大したお金ではない。
しかし、震災後の焼け跡に急ごしらえの店を出して、トンカツは肉が手に入らないから出来ないが、耳カツ山盛り5銭で商売をしている身にとって、「耳カツちょうだい」「こっちにもちょうだい」という客の声はただただ有り難く、元気が出てきて、本当にこういうことの積み重ねで浅草は立ち直っていくのかもしれない、そう実感できたと松浦さんのお母さんは語っていたそうだ。
耳カツというのは、パンの耳を揚げたもので、そのパンの耳は、当時浅草に住んでいたドイツ人のパン屋がタダで分けてくれた。「困ったときは相身互い。ドイツではこれを、パンの耳を分け合うといいます」と、そのドイツ人は言っていたという。
浅草を訪れた人が5銭、10銭と浅草にお金をおとしてくれたおかげで浅草は立ち直り、第二次大戦下の空襲で再び焼け跡となるも、これも克服して立ち直り、いまのにぎわいがある。
(出典: mytogaglows、splitmindedから)







